アブドーラ・ザ・ブッチャー Abdullah The Butcher 

(撮影:HARU一番様)

英連邦ベルト姿


得意のエルボードロップ!
(撮影=HARU一番様)
  ■ニックネーム:黒い呪術師
■本名:ラリー・シュリープ
身長・体重:186センチ、140キロ
生年月日:1936年1月1日
■出身地:カナダ・オンタリオ州ウインザー出身
得意技:エルボードロップ、山嵐式バックドロップ
■主要タイトル:
 IWAインターナショナル・ヘビー(ケベック版)
 北米ヘビー(カルガリー版)
 
NWF世界ヘビー
 PWFヘビー、PWF認定USヘビー、PWF南半球ヘビー
 UNヘビー
 インターナショナル・タッグ
 WWC世界ヘビー、北米ヘビー、カリビアン・ヘビー
 英連邦ヘビー(ニュージーランド版)
■来日回数:47回
■参加シリーズ:
 45 8(日)サマー・S
 46 3(日)第13回ワールドリーグ戦
 47 3(日)第14回ワールドリーグ戦
 47 12(全)ジャイアント・S 第2弾
 48 5(全)ブラック・パワー・S
 48 7(全)サマー・アクション・S
 49 4(全)第2回チャンピオン・カー二バル
 49 9(全)ジャイアント・S
 50 9(全)ジャイアント・S
 50 11(全)【特】第2弾ジャイアント・S
 50 12(全)オープン選手権(残留)
 51 4(全)第4回チャンピオン・C
 51 9(全)ジャイアント・S
 51 11(全)【特】スーパーパワー・S
 52 4(全)第5回チャンピオン・C
 52 12(全)世界オープン・タッグ
 53 3(全)第6回チャンピオン・C
 53 7(全)【特】第1次サマー・アクション・S
 53 10(全)ジャイアント・S
 53 12(全)世界最強タッグ決定リーグ戦
 54 3(全)第7回チャンピオン・C
 54 7(全)【特】サマー・アクション・S
 54 8(全)ブラック・パワー・S
 54 8 夢のオールスター戦(シリーズ中)
 54 10(全)ジャイアント・S
 54 11(全)世界最強タッグ決定リーグ戦
 55 3(全)第8回チャンピオンC
 55 5(全)スーパー・パワーS
 55 10(全)ジャイアント・S
 55 11(全)世界最強タッグ決定リーグ戦
 56 1(全)新春ジャイアントS
 56 3(全)第9回チャンピオン・カーニバル
 56 4(全)インター・チャンピオン・S(残留)
 56 5(新)第4回MSG・シリーズ(挨拶のみ)
 56 6 (新)6・25スーパーファイト
 56 7(新)サマー・ファイト・S
 56 10(新)闘魂S
 57 1(新)新春黄金・S
 57 4(新) 4・21特別興行
 57 4(新)ビッグファイト・S(残留)
 57 10(新)闘魂S
 58 7(新)サマー・ファイト・S
 59 1(新)【特】新春黄金S
 59 8(新)【特】ブラディ・ファイト・S
 60 1(新)新春黄金S
 62 11(全)87世界最強タッグ決定リーグ戦
 63 1(全)88新春ジャイアント・S
 63 3(全)【特】88チャンピオン・カーニバル
 63 8(全)88サマー・アクション・S U
 63 10(全)【特】88ジャイアント・S
 63 11(全)88世界最強タッグ決定リーグ戦  
 
 日本で最も成功した外人選手といっていいだろう。本人はスーダン出身を主張しているが、これはギミック。デトロイト地区でプシーキャット・パイキンス、ゼーリス・アマラといったリングネームでファイとしていたが、泣かず飛ばず。昭和45年の初来日時は全く無名に近かったが、過激な反則攻撃で話題を集めリシーズのエースであったカール・ハイジンガーを完全に食って、エースの座をもぎ取ってしまった。2回目の来日となる「第13回ワールド大リーグ戦」では早くも決勝に進出する活躍を見せる。

 日本プロレス崩壊後は、全日本プロレスの看板レスラーとなるが、そのきっかけはザ・デストロイヤーとの血で血を洗う抗争であった。その後、ザ・ファンクスとの因縁の抗争で悪役人気を勝ち取る。昭和53年頃には、人気が頂点に達し、CM出演のほか彼を主人公にした漫画も登場し、プロレスファン以外にも名を知られるようになり、PWF、UN、さらに「チャンピオン・カーニバル」優勝という全日本の3大タイトルを獲得した唯一のレスラーとなった。

 昭和56年に突然全日本プロレスから新日本プロレスに移籍し大きな話題を撒いた。しかし新日本のマットではこれといった実績を残せずに終わったが、集客力は衰えていなかったという。次第に新日本プロレスでの扱いが悪くなり、結局、昭和62年からは、全日本に出戻っている。

 2009年ついに引退を決意。 
 
 
サイン提供=セブン様