クルト・フォン・ストロハイム Kurt Von Stroheim

(撮影:HARU一番様)
  ■ニックネーム:ナチの残虐者
■本名:ウィリー・ラトゴスキー
身長・体重:188センチ、112キロ
生年月日:1929年(1985年没)
■出身地:ドイツ・ベルリン出身
得意技:ニードロップ
■主要タイトル:
 インターナショナル・タッグ(テキサス版)
 WWA世界タッグ(ロス版)
 NWA世界タッグ(フロリダ版、テネシー版、テキサス版、
 シスコ版、デトロイト版)
 IWA世界タッグ(オーストラリア版)
 テネシー・タッグ
 ミッドアメリカ・タッグ
■来日回数:3回
■参加シリーズ:
 39 10(日)【特】 プロレス秋の陣
 39 12(日) WWA世界選手権S(残留)
 44 5(日) ゴールデン・S
 52 10(新) 闘魂S 第2弾
 
 ナチスのギミックで売ったレスラーで、1950〜60年代にカール・フォン・ストロハイムとのストロハイム兄弟で活躍した古豪。体格的にもなかなかの大型であった。1960年代中盤からはテネシー地区で2代目クルト・フォン・ブラウナーに改名し、カール・フォン・ブラウナーとの2代目ブラウナー兄弟として暴れた。日本ではクルト・フォン・ストロハイムで通した。
 最後の来日では、「さすがベテラン」という巧さを見せ、パット・パターソンとのコンビでNWA北米タッグ王座への挑戦権を与えられたが、直前に負傷し挑戦権をスティーブ・ライトに譲っている。