ロディ・パイパー Roddy Piper
 マスクド・カナディアン(*) The Masked Canadian

初来日当時

マスクド・カナディアン
  ■ニックネーム:狂乱のスコッチ
■本名:ロドリック・ジョージ・トゥームス
身長・体重:183センチ、105キロ
生年月日:1954年4月17日(2015年7月31日没)
■出身地:
カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーン出身
得意技:ネックブリーカー・ドロップ
■主要タイトル:
 アメリカス・ヘビー
 アメリカス・タッグ
 NWA世界ライトヘビー
 USヘビー(シスコ版、ミッドアトランティック版)
 パシフィックノースウエスト・タッグ
 パシフィックノースウエスト・ヘビー
 カナディアン・タッグ(バンクーバー版)
 ミッドアトランティックTV
 ミッドアトランティック・ヘビー
 インタコンチネンタル・ヘビー
 WCW・USヘビー
■来日回数:3回
■参加シリーズ:
 52 8 (新) 闘魂S
 53 3 (新) ビッグ・ファイト・S (*)
 58 5 (全) 【特】グランド・チャンピオン・力ーニバルU
 
 スコットランド系カナダ人でジョージ・ゴーディエンコに師事してプロレスラーとなった。バグ・パイプを吹きながら入場するギミックで、まずロスで人気を博し、チャボ・ゲレロとの抗争でロスに最後の黄金時代をもたらした。モハメッド・アリに挑戦した直後のアントニオ猪木がロスに出向いた際の記者会見に乱入して猪木に挑戦し日本でも注目されるようになる。新日本プロレスに初来日を果たし猪木との一騎打ちも実現したが完敗。しかし猪木はパイパーのプロレス・センスをほめていたという。

 1978年には覆面を付けマスクト・カナディアンと名乗り、藤波のWWWFジュニア・ヘビー級に挑戦するが完敗。その直後にはカナディアンとして来日している。帰国後は素顔に戻り、ロスを離れ大西洋岸地区に転戦。ここで本格的に実力に磨きをかけNWAのレーティングスにランクされるようになる。

 1984年に彼の毒舌マイクに目を付けたWWFが故グラン・ウィザードの代わりとなるマネージャーとしてスカウト。ここでのTVインタビューが好評を呼び全米的な人気者になり全米のスターとなり映画にも出演。

 2015年7月31日、心臓発作のため急逝。