ドクター・レン・ホール Dr. Len Hall
  ■ニックネーム:ドクター
■本名:レン・ホール
身長・体重:180センチ、112キロ
生年月日:1913年
■出身地:アメリカ出身
得意技:?
■主要タイトル:
■来日回数:1回
■参加シリーズ:
 26 9 国連軍 朝鮮国連軍慰問プロレス大会
 昭和26年9月30日、記念すべき「昭和プロレス第一戦」のメインを勤め、アンドレ・アドレーを降した。主に戦前は米本土で、戦中、戦後はハワイ、オセアニアで活躍。どんな体勢からもリストが取れるシューターで、戦後の混乱期、ミネアポリスでNWA世界ヘビー級王者になったこともある(別バージョンというか偽者)。圧巻なのはテーズのマネージャー、エド・ストラングラー・ルイスにテーズとのシュートマッチを申し込んだことだ。(解説:JOE HOOKER SR氏)

 以下、「国連軍 朝鮮国連軍慰問プロレス大会」のパンフレットより転載。(資料提供:渡海様)

  かつて世界ヘヴイウェイト選手権を獲得すること二回、“ドク”ホールは試合となると絶対に相手を容しやしない、又自分からは決して弱音を吐かない勝負の鬼とも言うべき、タフながんじようなレスラーである。“ドク”ホールはいままでの数多くの試合で、たくさんの相手にケガさせているので、今日でも彼との試合となると相手のレスラーは心中ビクビクものである。彼はアメリカと同様、ヨーロッパでも一般によく知られており、退去数年の間、彼はヨーロッパの第一流レスラーをことごとく撃破している。“ドク”はあらゆるレスリングの手を知つでいるわざ師という評判をとっており、現在レスリング界のトップを:行く強豪である。
 観客を前にしだ“ドク”ホールはいかなる代価を払っても勝たねばたらぬというファイトに燃えた“火の玉”選手となり、思うぞんぶんにあばれまわってファンをよろこばせてくれる。ホールの試合になると、敢闘の度がすぎて、ときどきオーソドクスでない、ラフなファイトをするので、見ている方でもエキサイトしてジーツと席に落着いですわっておれないぐらいである。ひとたびリングに出ると、徹底的に相手を苦しめやつつけずにはおられないのがホールの特ちようで、リングに出でくる彼の有様はまるで、え物を見つけて必殺の意気ごみでライオンのようである。
 タフでらんぼうであるけれども、“ドクター”レン・ホールは人気のあるスポーツマンで、彼の出る試合では、いつも彼はみんなに非常に好かれる。彼は今日世界一流レスラーの一人であるから、日本における彼の成功と好評は間違いないところである。“ドク”ホールは、おそれるということを、全然知らず、又だれをもおそれない。“ドク”の一番心から願っているのは再び世界ヘヴイウェイト・タイトルとべルトを獲得すること、彼の選手権への道に立ちはだかるレスラーたちにこそいい災難である。“ドク”心から君の健闘を祈るものである。