平井 光明 Mitsuaki Hirai
 ミツ・ヒライ Mitsu Hirai
  ■ニックネーム:百戦錬磨のテクニシャン
■本名:平井 光明
身長・体重:179センチ、104キロ
生年月日:1943年2月15日(2003年10月28日没)
■出身地:兵庫県神戸市生田区出身
得意技:回転エビ固め
■主要タイトル:
 
NWA世界タッグ(テネシー版)
 南部タッグ(テネシー版)
■所属団体:
 日本プロレス → 全日本プロレス
 
 昭和33年に中学卒業と同時に単身上京して日本プロレスに入門。昭和39年には念願のアメリカ遠征。テネシーではトージョー・ヤマモトとのコンビでテネシー地区世界タッグを獲得している。昭和44年にはシンガポールに遠征し富士辛太郎のリングネームで活躍し爆発的な人気を得た。

 日本ではこれといった活躍ができず万年中堅に甘んじたが、実はかなりの武闘派で力道山が刺された際には日本刀を持って殴り込みの準備をしていたという。

 日本プロレス崩壊後は全日本プロレスに登場したが昭和53年に引退。引退後は神戸で飲食店を経営していたようだが、2003年に心不全のため亡くなった。

 息子の平井伸和もレスラーとして活躍していたが2011年に脳卒中で倒れ、以後、公の場には姿を見せていない。。