ファイル33 プロレス残酷物語:キム・イル耳そぎ事件!

  2003.8.3

 

 
これが耳そぎの瞬間!   見るも無残な大流血

 

 プロレスにアクシデントはつき物である。日本のプロレスの歴史の中でも、思わず目を背けたくなる事件は何度か起こってしまった。今回はその中から昭和43年12月1日に仙台市の宮城県スポーツセンターで行われた、ブルート・バーナードが起こした「キム・イル耳そぎ事件」を紹介しようと思う。

 

バーナードのこの表情を見よ!

 

 

 惨事はNWAチャンピオンシリーズ仙台大会の45分3本勝負のタッグ・マッチで起こった。この日のメインエベントは馬場がジン・キニスキーの挑戦を受けてたったインターナショナル選手権で、これを目当てに会場には8500人のファンが詰めかけ、セミファイナルのこの試合になると観衆も興奮仕切りの状態となっていた。

 キム・イル(大木金太郎)はアントニオ猪木を、バーナードはロニー・メインをそれぞれパートナーとしてこの戦いに臨んでいた。ブルート・バーナードはこのシリーズで、大木ではなく猪木との因縁試合を繰り返していた。当時のバーナードはまだまだ全盛期。目に入ったものすべてを凶器として使う、まさにクレージー・ファイターだった。バーナードは1本目場外乱闘の際に長さ1.5メートルほどの角材を手に取り、リングで待ち構えるキムに襲い掛かった。キムも石頭が売り物だから、脳天を指差して「叩いてみろ!」とバーナードを挑発したから始末が悪い。完全に頭に血が上ったバーナードは角材をキムの脳天にめがけて振り下ろす。しかしその瞬間にキムがわずかに首を右にそらした。すると角材はキムの左耳を直撃。その瞬間に耳から鮮血がほとばしり出た。キムの耳は半分まで千切れていたという。1本目はそのまま場外乱闘になだれ込み、両者リングアウトに終わった。

 2本目は猪木がメインをわずか2分7秒にコブラツイストに捕らえて試合は終了。これは大木の負傷を気遣った猪木がメインを狙い撃ちにして試合を早く終了させたことはいうまでもない。しかし大木の耳から流れ出る血は止まることなく、大木の上半身は血まみれ。リングサイドのファンの数人が失神するという惨事となったのである。キムはこの翌日から欠場するが、12月7日の宇都宮大会には強行出場。吉村とのコンビでバーナード、メインの挑戦を受けてアジア・タッグ選手権を防衛し、雪辱を果たしたのである。 この試合は最悪の流血アクシデント事件として日本プロレス史に残っている。