日本人全レスラー名鑑  ム、メ、モ

 

武藤敬司
188センチ、110キロ S37年12月23日 山梨県富士吉田市出身 :ムーンサルトプレス :IWGPヘビー、IWGPタッグ、三冠ヘビー、世界タッグ、NWA世界ヘビー、NWA・TVヘビー、フロリダ州ヘビー
少年時代から柔道を初め東北柔道専門学校に入学。柔道接骨士の資格も持っている。昭和59年に新日本プロレス入り。同期の橋本、蝶野とともに闘魂三銃士と呼ばれた。その中でも出世頭で、昭和60年に初渡米。翌年フロリダ選手権とUSジュニア・ヘビー級選手権を獲得。昭和61年10月に凱旋帰国。越中とのコンビでIWGPタッグを獲得。昭和63年にはプエルトリコに遠征。ブロディ刺殺事件の場にも居合わせた。翌年、NWAエリアに転戦してグレート・ムタに変身。日本でもムタで試合に登場し悪党振りを見せつけた。それ以降は常に日本プロレス界のトップを走っている。現在は全日本プロレスの社長として大活躍。

 

村崎昭男 → デビル紫の項を見よ。

 

村崎鬼三 → デビル紫の項を見よ。

 

米良明久 → 高千穂明久の項を見よ。

 

百田光雄 日 → 全
173センチ、100キロ S23年9月21日 東京都出身 :トッペ・スイシーダ :世界ジュニア・ヘビー
力道山の次男。昭和42年に日本プロレスに入門。前座戦線で活躍したが昭和46年に日本プロレスと百田家が絶縁した際に一時期引退。しかし全日本プロレスの旗揚げに際して現役復帰している。昭和49年にメキシコに遠征。リキドーザン・ジュニアのリングネームでデビル・ムラサキとのコンビで活躍。ウェルター級のランキングに登場するまでに成長した。昭和50年に帰国してメキシコ仕込みのトペ・スイシーダを公開し話題となるが、その後は前座に甘んじた。しかし昭和62年頃に突然人気が出始め、世界ジュニアヘビー級選手権を獲得。現在はNOAHの重役。現役としても活躍中。

 

百田義浩
178センチ、105キロ S21年3月15日 東京都出身
力道山の長男。慶応大学ではアメリカンフットボールの選手として活躍。卒業後はリキ・ボクシング・ジムの社長を務めた。昭和47年の全日本プロレス旗揚げにはリングアナウンサーとして参加。しかし昭和53年5月に突然プロレスラーに転向を宣言。昭和54年にはプエルトリコに遠征に出たがほとんどリングには上がらずマネージャーを務めていたようだ。帰国後も芽が出ずに引退。全日本プロレスのフロントに入った。2000年11月22日に肝不全の為逝去。

 

森泰樹 旧U
173センチ、84キロ S38年4月11日 大阪府出身
空手の経験者でプロレスラーを目指してUWFに入門。昭和60年5月にデビューするがすぐに引退している。

 

森村方則 
173センチ、95キロ S40年9月27日 千葉県千葉市出身
UWF、維新軍団の大量離脱で新日本プロレスが存亡の危機に立たされていた昭和59年に在籍していた練習生。新日本プロレスはデビューを待たずに退団するが、カナダ・カルガリーに単身乗り込んで、ミスター・ヒトのコーチを受けてデビュー。リッキー・フジのリングネームで人気を獲得。FMWに凱旋帰国しインディのジュニア・ヘビー級シーンで一時代を築いた。