ウェイト別日本選手権大会  昭和31年

 

日本ヘビー級ランキング戦  

参加選手

日本プロレス=東富士、遠藤幸吉(棄権)、豊登道春、羅生門綱五郎、竹村正明
山口道場=山口利夫、長沢日一
アジアプロレス=月影四郎

一回戦 10月23日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○豊登道春(36秒 腕取り固め)竹村正明
○東富士(6分33秒)
長沢日一
山口利夫(3分20秒)羅生門綱五郎
月影四郎(不戦勝)遠藤幸吉

準決勝 10月24日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○東富士(5分15秒 体固め)豊登道春●
山口利夫(9分18秒 腕固め)月影四郎

決勝 10月24日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
45分3本勝負

△東富士(1-1)山口利夫

山口(3分37秒 腕固め)
東富士(1分5秒 ベアハッグ)
(4分?秒 両者カウントアウト)

再戦 11月30日 大阪府立体育会館

○東富士(2-1)山口利夫

東富士(5分36秒 ベアハッグ
山口(2分20秒 片逆エビ固め)
東富士(5分24秒 逆腕固め)

ランキングは1位:東富士、2位:山口、3位:豊登、4位:月影に決定した。

  

日本ジュニア・ヘビー級王座決定トーナメント戦  昭和31年

参加選手

日本プロレス=駿河海三津夫、阿部脩、田中米太郎
山口道場=山崎次郎、吉村道明
アジアプロレス=大同山又道、浪速武夫、
加藤弘恭

一回戦 10月15日 中央区浪花町プロレス・センター(マスコミに非公開)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○駿河海 - 山崎次郎●
○阿部脩 - 浪速武夫●
○吉村道明 - 加藤弘恭●
○大同山又道(35秒 逆腕固め)田中米太郎●

準決勝 10月23日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○駿河海(13分30秒 体固め)阿部脩●
○吉村道明(12分55秒 体固め)大同山又道●

決勝 10月24日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
45分3本勝負

○駿河海(2-1)吉村道明●

吉村(15分58秒 羽交い絞め)
駿河海(3分46秒 片逆エビ固め)
駿河海(5分12秒 逆胴締め)

駿河海が初代日本ジュニア・ヘビー級王者に。以下ランキングは1位:吉村、2位:大同山、3位:阿部、4位:山崎、5位:加藤に決定した。

  

日本ライト・ヘビー級王座決定トーナメント戦  昭和31年

参加選手

日本プロレス=ユセフ・トルコ、吉原功、宮島富男、大山博、金子武雄、芳の里、比嘉敏一
山口道場=樋口寛治、市川登、出口一(=ミスター珍)、三上三四郎
アジアプロレス=
大坪清隆
東亜プロレス=東日出雄、安東一夫、梅田源治、白頭山稔

一回戦 10月15日 中央区浪花町プロレス・センター(マスコミに非公開)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○東日出雄(40分15秒 腕固め)ユセフ・トルコ
吉原功(38分20秒 逆腕固め)宮島富男
樋口寛治(2分11秒 逆腕取り固め)大山博
金子武雄(9分41秒 腕取り固め)安東一夫●
芳の里(3分47秒 逆エビ固め)梅田源治●
比嘉敏一(9分48秒 逆エビ固め)市川登
○白頭山稔(4分53秒 体固め)
出口一
○大坪清隆(4分19秒 足鋏固め)
三上三四郎

二回戦 10月15日 中央区浪花町プロレス・センター(マスコミに非公開)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○吉原功(17分10秒 体固め)東日出雄●
○樋口寛治(5分48秒 負傷放棄)金子武雄●
○芳の里(12分5秒 体固め)
比嘉敏一
○大坪清隆(34分15秒 負傷放棄)白頭山稔●

準決勝 10月23日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
20分1本勝負、時間切れの場合は時間無制限で延長

○芳の里(17分42秒 片エビ固め)大坪清隆●
○吉原功(26分25秒 体固め)樋口寛治●

決勝 10月24日 両国・国際スタジアム(日大講堂)
45分3本勝負

○芳の里(2-0)吉原功●

芳の里(11分53秒 片羽逆固め=コブラツイスト)
芳の里(15分33秒 逆腕固め)

芳の里が初代日本ライト・ヘビー級王者に。以下ランキングは1位:吉原、2位:大坪、3位:樋口、4位:比嘉に決定した。

  

解説

 力道山が率いる日本プロレスのほかに全日本プロレス団から名称変更した山口道場、国際プロレス団の残党が結成したアジア・プロレス、在日コリアンが結集した東亜プロレスが一堂に会して行われた階級別日本選手権。非公開の予選は全てプロレスと呼ぶにはほど遠いガチンコ・マッチだったということでいまや伝説の階級別日本選手権王座決定トーナメントだが、決まり手に「負傷放棄」という文字があることから考えても「全試合ガチンコマッチ」の伝説は事実だったようだ。

 結局、ジュニア・ヘビー、ライト・ヘビー級共に日本プロレス勢が独占し、山口道場、アジア・プロレス、東亜プロレスは急速に衰え崩壊への道を歩み、将来有望と力道山の目にとまった吉村、樋口、大坪、出口、長沢は日本プロレスに合流。日本のプロレス界は力道山のワンマン独裁体制に突入して行く。

 ちなみに当時のウェイトの基準は、ライト・ヘビー級が86・28キロ(190ポンド未満、ジュニア・ヘビー級は86・28キロ(190ポンド)以上99・88キロ(220ポンド未満)、ヘビー級は99・88キロ(220ポンド未満)以上というものであった。