ジャンボ鶴田試練の十番勝負 全成績 昭和51〜54年全戦60分3本勝負 第1戦 51年3月10日 日大講堂 バーン・ガニア ○ガニア(裸絞め19分12秒)鶴田● 解説 : 当時まだまだルーキーだった鶴田を真のメインエベンターに成長させようという企画の第1戦は、国際プロの常連だったAWAの帝王バーン・ガニアを特別に招聘して行われた。当時のガニアは世界王者ではなかったとは言え、まだまだ一流のレスラーだった。試合は一本づつ取り合った後、バックドロップをねらったガニアがバランスを崩し、両者ノックアウトとなった。
第2戦 51年3月28日 蔵前国技館 ラッシャー木村 ○ 木村(片エビ固め 13分27秒)
鶴田●
解説 : この第2戦は同日行われた全日本と国際の全面対抗戦の第8試合として行われた。なぜかメインエベントではなかったのである。(ちなみに第9試合はクツワダ−寺西戦、メインエベントは大熊、小鹿−草津、井上のIWA世界、アジアタッグのダブルタイトル戦だった。)レフリーは芳の里。両者シングアウトは無しのルールで行われた。1本目は木村がブレンバスターから、2本目は鶴田が人間風車からそれぞれフォールを奪い、決勝の3本目は写真の通り鶴田のジャーマンが崩れ、両者フォールという結果に終わった。この試合は対戦を迫った木村に対して馬場が「鶴田に勝ったなら・・・」という、テストマッチ的な意味合いも含まれていた。
第3戦 51年6月11日 蔵前国技館 テリー・ファンク (NWA世界選手権) ○ 鶴田(回転エビ固め 15分50秒)
テリー ●
解説 : テリー・ファンクがNWA世界王者として日本で行なった唯一の防衛戦でもあったこの試合は、お互い1本づつ取り合った決勝ラウンド、ロープ際で鶴田が放ったフライング・ボディ・シザースをロープに打ち付けたテリーがエビ固め・・・という、全日本プロレス伝統の(?)結末に終わった。 第4戦 51年7月17日 北九州市三萩野体育館 ビル・ロビンソン ○ ロビンソン(欧州式足折りエビ固め
29分5秒) 鶴田● 解説 : 前年12月に猪木との伝説の名勝負を繰り広げたロビンソンを招聘しての第4戦は、猪木−ロビンソン戦と同じく時間切れ引き分け、さらに10分延長しての時間切れ引き分けに終わった。このシリーズで馬場はロビンソンのPWF挑戦を受け、2−1で撃破している。つまるところ「俺は猪木より上、猪木は鶴田と同じレベル」という事を言いたかったのではないか? 第5戦 51年9月9日 大阪府立体育会館 ボボ・ブラジル ○ ブラジル(体固め 11分15秒)
鶴田 ● 解説 : 5戦目にしてようやく初勝利を飾った相手はボボ・ブラジルだったが、このHPをご覧の諸兄ならご存知と思うが、当時のブラジルは伝説のレスラーとしてのブラジルのクオリティを保っていたかといえば首をかしげざるを得ない。半分終わっての成績は1勝2敗2引き分け。 第6戦 51年10月22日 愛知県体育館 アブドーラ・ザ・ブッチャー ○ ブッチャー (体固め 5分55秒)鶴田
● 解説 : ラフに弱いといわれた鶴田に襲い掛かったのは、当時すでにスター外人の座を確固たる物にしていたブッチャーだった。ここでブラジルに勝ち自信を付けた鶴田は大いに奮戦し、ブッチャーは苦し紛れの反則負けを喫した。 第7戦 51年12月3日 川崎市体育館 クリス・ティラー ○ 鶴田(体固め 11分20秒)ブッチャー
● 解説 : ミュンヘン・オリンピックの日米代表の対決ということで注目を集めた第7戦は、1本目は鶴田はトップロープからのミサイルキック、2本目はティラーがボディープレスで1本づつ取ったあと、鶴田がティラーを場外に誘い、一瞬早くリングに滑り込んでのリングアウト勝ちを収めた。ティラーは鶴田のライバルと目されていたが、帰国後心臓発作で急死してしまった。 第8戦 52年6月11日 世田谷区体育館 ハーリー・レイス (NWA世界選手権) ○ 鶴田 (片エビ固め 8分26秒)レイス
● 解説 : 半年振りに行われた十番勝負第8戦はハーリー・レイスを招聘してのNWA世界戦。テリーを破って長期政権を築きつつあったレイスは当時がレスラーとして脂の乗りきった時期で、鶴田に攻めるだけ攻めさせておいて、最後はさらりと首固めという定番のフィニッシュで鶴田を料理した。なおこの試合は52年度年間最高試合に選ばれている。 第9戦 52年7月28日 品川スポーツセンター 大木金太郎 (UN、アジア両ヘビー級選手権) ○ 鶴田(体固め 8分35秒)大木
● 解説 : この一戦は鶴田が馬場、猪木に準ずる大木のもつ「格」とどう乗り越えるかが焦点だったと思うのだが、結果的には両者リングアウトという「プロレス的」な結末に終わってしまっている。ここで大木から”フォールを奪ってやろうという野心の無さが鶴田のレスリング観をあらわしているような気がしてならない。 最終戦 54年1月5日 川崎市体育館 フリッツ・フォン・エリック ○ エリック(体固め 5分53秒)鶴田
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解説 : 約1年半ぶりに行われた最終戦は鉄の爪エリックを迎えて行われた。当時のエリックははっきり言ってロートル。全盛期に入りつつあった鶴田の敵ではなかった。決勝の3本目はわずか65秒でドロップキック1発(写真左)でKOした。最終成績は4勝2敗4引き分け。 総評 : 3年半に渡って行われた「鶴田試練の10番勝負」は4勝2敗4引き分けに終わったわけだが、お気づきの通り、鶴田の勝ち試合で2フォール奪ったものは一試合もない。2敗はNWA世界戦・・・まさに「プロレス内プロレス」的結果とは言えまいか?後に藤波が同じコンセプトで飛竜10番勝負を行なっているが、完全な失敗におわった。こういう企画は対戦相手のクオリティによって非常に評価が左右される。鶴田の場合を見ると、ブラジル、大木、エリックは完全にロートル。全盛期は過ぎ去っていた。最大の疑問は何故10人の対戦相手の中に馬場が入っていなかったかという事である。鶴田に勝たせるには時期尚早、馬場が勝てば鶴田の評価が逆戻り、引き分けでお茶を濁すのも・・・という苦悩が窺える。 |