来日全外国人レスラー名鑑 ワ

 

ワイルド・アンガス WILD ANGUS 5回
怪僧 193センチ、135キロ 1934年北アイルランド :スープレックス、フルネルソン :セントラルステーツ・ヘビー
43 8 (国) ワールド・サマー・S、44 9 (国) ロイヤル・S、51 9 (国) ビッグ・ゴールデン・S、52 4 (国) ダイナマイト・S、 53 12 (全) 世界最強タッグ決定リーグ戦
アイルランド貴族の出身と言われる超大型レスラーでラスプーチンの生まれ変わりと言うギミックで売り出した怪奇派。イギリスマットで活躍し国際プロレスに初来日。パワー&ラフにテクニックを織り交ぜた実力者振りを発揮し高い勝率を誇ったが、なぜか田中忠治にはシングルで1勝2敗と負け越している。全日本プロレスの世界最強タッグではビル・ロビンソンのパートナーを務めたが、膝の負傷が原因で真価は発揮できなかった。アメリカにも一時期定着し、セントルイスでは当時の世界王者ドリー・ファンク・ジュニアを王座転落の危機に追いつめた実績をもつ。辛口のミスター・ヒトがレスリングでは最強と絶賛する隠れた強豪。本名はフランシス・パトリック・オイ。スティーブ・ケーシーは実子。

 

ワイルド・キラー THE WILD KILLER
黒い稲妻 180センチ、107キロ 1949年フランス領マルチニク :太平洋岸ヘビー、北米タッグ(カルガリー版)
50 1(国)新春パイオニア・S
専門誌にもなぜか紹介されなかった謎の覆面レスラー。アニマル浜口と1回、ラッシャー木村と2回メインエベントで金網デスマッチを行なっている。この3日の熱戦譜を見ると、いずれも稲妻二郎が欠場している・・・正体は稲妻二郎と見て間違いないだろう。このシリーズの参加外人選手は4名、その穴埋めをする為の変身だと思われる。蛇足ながら長沢秀幸がマスクを被ってタイガー・チュン・リーを名乗ったのもこのシリーズだ。

ジェリー・モローの項も見よ。

 

ワイルド・サモアン THE WILD SAMOAN 5回
サモアの怪鳥 187センチ、115キロ 1963年米・カリフォルニア州サンフランシスコ : WWF世界タッグ
59 3 (新) ビッグ・ファイト・S 第1弾、59 11 (新) 第5回MSGタッグ・リーグ戦、 60 1 (新) 新春黄金S、61 5 (新) 86 IWGPチャンピオン・S、61 11 (新) 86 ジャパンカップ争奪タッグ・リーグ戦
ザ・ワイルド・サモアンズで一世を風靡したアファ・アノアイの息子で、グレート・コキーナの兄。1983年に負傷した父の代打としてWWFでデビュー。以後、サモアンズのメンバーとなる。第5回MSGタッグにはカート・ヘニングの代打として来日するもパートナーのハルク・ホーガンが途中帰国してしまったという事件も遭った。柔軟な体でレスリングも上手かったが器用貧乏と言う感じで今一つ迫力不足であったが、サムゥの名でWWFに出戻ってからはファトゥとのコンビでWWF世界タッグを獲得するまで成長した。本名はサムラ・アノアイ。

 

ワイルド・ドン・ウェイト WILD DON WAYTE 1回
180センチ、112キロ 生年月日、出身地不明 : カナディアン・タッグ
53 7 (全) 第1次サマー・アクション・S
バンクーバー地区を主戦場としていた選手で、ラフ&パワーだけが売り物の典型的な3流選手。体は大きかったようだがキャリアが浅く中堅どころに手玉に取られた。白人ながらテリー・ファンクではなく黒人のアブドーラ・ザ・ブッチャーのセコンドをつめる事が多かった。

 

ワイルド・ヌウ THE WILD NU
黒い稲妻 180センチ、107キロ 1949年フランス領マルチニク :太平洋岸ヘビー、北米タッグ(カルガリー版)
49 6 (国) ビッグ・サマー・S
ヨーロッパに突然現われた謎の黒人覆面レスラーという触れ込みで来日したが正体は留学生の稲妻二郎(=ジェリー・モロー)。外人不足対策の苦肉の策だったようだが、まったく子供だましのギミックでファンをしらけさせた。

ジェリー・モローの項も見よ。

 

ザ・ワイルドマン THE WILDMAN 
186センチ、120キロ 1940年 カナダ :パシフィックノースウェスト・ヘビー
50 3 (国) ダイナマイト・S
昭和50年の国際プロレス「ダイナミト・シリーズ」の開幕戦にのみ出場した白人レスラーで、正体はトム・アンドリュース。実はこの日、アンドリュースはマスクをつけてインターンズ1号としても登場しており、ダブルヘッダーだった事になる。ちなみにこの開幕戦は現在の資料では削除されている。

トム・アンドリュースの項も見よ。

 

ワフー・マクダニエル WAHOO McDANIEL 6回
狼酋長 186センチ、120キロ 1938年米・ルイジアナ州 :トマホーク・チョップ :アメリカン・ヘビー、IWA世界ヘビー、USヘビー(大西洋岸地区)
48 11 (国) 【特】 ビッグ・ウインター・S、 51 2 (全) エキサイト・S、 52 10 (全) ジャイアント・S、 54 11 (全) 世界最強タッグ決定リーグ戦、 55 10 (全) ジャイアント・S、57 1 (新) 新春黄金・S
フットボールのスター選手からプロレスに転進したインディアン・レスラーでAWAのブッキングで国際プロレスに初来日し、いきなりIWA世界タイトルを小林から強奪、帰国寸前まで防衛戦を行ない国際プロレスのフロントに冷や汗をかかせた。後に全日本プロレスに登場、馬場のPWFに挑戦するが惜敗を喫する。晩年には新日本プロレスに来日しブッチャーと一騎討ちも行なったがそれほどスイングせず、これが最後の来日となる。一流の部類に入るレスラーだが、極端な手抜きをするという悪評もあり。2002年4月テキサスで心臓発作の為に死亡。

 

ワルドー・フォン・エリック WALDO FON ERICH 4回
電撃男 193センチ、120キロ 1937年カナダ・オンタリオ州ハミルトン :プロシアン・ドロップ :NWF世界ヘビー
42 4 (日) 第9回ワールドリーグ戦、42 5 (日) アイアン・クロー・S(残留)、43 1 (T) オープニング・ワールド・S、47 9 (日) 第3回NWAタッグリーグ戦、51 9 (全) ジャイアント・S
フリッツ・フォン・エリックの実弟と言う触れ込みで来日したが、実際は血縁関係はなかったようだ。しかし実力はなかなかのもので全米でも各地でタイトルを獲得しMSGではブルーノ・サンマルチノを大いに苦しめた実績を持つ。日本では第9回ワールドリーグ戦では後一歩で決勝進出と言う成績を残したが、それ以降の来日ではやや生彩を欠いた。オーストラリアでも悪党人気を獲得した。

 

ワンマン・ギャング ONEMAN GANG 3回
地獄の怪物 205センチ、190キロ 1960年米・イリノイ州シカゴ : UWF世界ヘビー、WCCW世界6人タッグ
58 9 (全) ジャイアント・S、59 11 (全) 84世界最強タッグ決定リーグ戦、 61 2 (全) エキサイティング・ウォーズ 86
205センチ、190キロと言う巨漢でフットボールからプロレスに転向。テネシーの独立団体ICWでデビュー。その後、ビル・ワットに誘われMSWA地区に転出、ここで人気が出て中西部や大西洋岸といった当時のNWAのメイン・コースをサーキットするようになりスターレスラーとなる。1986年にはUWFに移籍しUWF王者となるが、翌年WWFに引き抜かれハルク・ホーガンと抗争を繰り広げた。アキームに改名後もビッグ・ボスマンとのコンビで活躍した。本名はジョージ・グレイ。