未来日外国人レスラー名鑑 フ
| ファビュラス・オージー THE FUBULOUS AUSSIE | |
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1975年頃ロスに登場したレスラー。名前でわかるようにオーストラリア出身のようで、ブーメランを片手にリングに登場。ピンチになるとこれを凶器に使ったようである。前座戦線で活躍したらしいが、パッとした実績は残していないようである。 |
| ファルコンズ THE FALCONS | |
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1971年頃ロスに登場した3人組。全身金色のコスチュームで固めたトリオで、恐らくメキシコ系の選手。経歴などの詳細は不明である。 |
| ファントマ FANTOMA | ||
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1960年代にイギリスで暴れたどくろ仮面。骸骨模様のゼンシンタイツにどくろ模様のマスクというまさに怪奇派というスタイルで登場。あまりの異様な姿はインパクトがあり、漫画「タイガーマスク」の悪役ワールドリーグ戦にも登場している。体格など詳細なデータは不明である。 | |
| ファントマ FANTOMA | ||
| 別冊ゴングの昭和49年9月号の「恐怖・オカルトレスラー大特集」で紹介された怪奇派。イギリスに出現した怪奇派レスラーで、全く無表情のため改造人間と呼ばれた。「シューシュー」という不気味な呼吸音を漏らし、タイツもマントも金色という井手達で登場したらしい。かなりの怪力の持ち主で、160キロのクロンダイク・ビルを軽々とリフト・アップしたという。当時のゴングの紹介記事では3年前に消えたイングランドの一流レスラーの変身とある。彼はその時、飛行機事故で重傷を負い、皮膚も内臓の他人のものを移植した、サイボーグ同然の人間といわれている。上のファントマとは別人? | ||
| ブッチ・モーガン BUTCH MORGAN 人間戦車 177センチ、100キロ 1939年12月25日 カナダ・モントリオール |
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昭和50年に連載されていたゴングの「まだ見ぬ強豪レスラー登場」で紹介されたカナダを主戦場としていたレスラーで、フットボール出身だったというが、写真で見る限りかなり貧弱な体をしている。テレビマッチ要員ではないだろうか? | |
| ブッチ・リード BUTCH REED 褐色のヒョウ 188センチ、125キロ 1954年7月11日 米・ミズーリ州カンサスシティ : セントラルステーツ・タッグ、北米タッグ(フロリダ版&MSWA版)、北米ヘビー(MSWA) |
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1976年に地元のカンサスシティでデビューしたが、日本で注目を集めたのは1982年にフロリダでドリー・ファンク・ジュニアのインターナショナル・ヘビー級選手権に挑戦して反則勝ちした時である。当時来日待望の声が上がったが、結局昭和時代には来日を果たせず。その後はMSWA地区などで活躍、WWFでザ・ナチュラルと名乗ったが離脱、WCWに移籍してロン・シモンズとのコンビでNWA世界タッグを獲得した。平成3年にシモンズとのコンビでようやく新日本プロレスが招聘しその姿を見せた。 | |
| ザ・フッド THE HOOD 黒頭巾 185センチ、108キロ 1945年米 ・カリフォルニア州 |
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1980年にロサンゼルシに登場したマスクマンで正体は来日経験のあるジョニー・マンテル。短期間ながらトップクラスで活躍しアメリカス・ヘビー級王座にも挑戦している。後に日本でアイスマンが同じようなマスクを被っていた。 | |
| ブライアン・セント・ジョン BRYAN ST. JOHN
184センチ、102キロ アメリカ : フロリダ・タッグ |
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1980年にフロリダで人気を呼んだ選手。スタンリー・レーンとのコンビでフロリダ・タッグを獲得し、シングルでもジャック・ブリスコあたりと引き分けている。当時のルートから考えれば新日本プロレスに登場の可能性もあったが、来日は実現しなかった。 |
| ザ・ブラック・スコット THE BLACK SCOTT | |
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1980年代にニュージーランドで活躍したマスクマンで、正体はスコットランド出身のドン・スコット。スコットランドではプロモーターも兼ねており、スコットランドとニュージーランドを股にかけて活躍していたというが、日本ではほとんど無名。 |
| ブラック・オーキッド BLACK ORCHID 黒い毒花 176センチ、105キロ ジャマイカ |
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怪奇派として紹介されていたレスラーで、小柄だが素晴らしい肉体と俊敏な動きが売り物。楽団を引き連れて入場し、試合中もにぎやかに演奏させそのリズムに乗って試合を進めたという。 |
| ブラック・デモン BLACK DEMON 黒い悪魔 188センチ、125キロ |
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1972年ごろMSGにも登場したマスクマン。といってもMSGではマスクご法度なので、ご覧のように顔の部分をくりぬいたフードを被っての登場であったが。正体はトニー・ネロ。 |
| ブラック・バート BLACK BURT 黒い殺人鬼 194センチ、118キロ 米・カリフォルニア州 |
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知名度は高かったが未来日に終わった初代のブラック・バート。WWA戦のためにロス入りした力道山とも戦ったといわれている。ブラック・バートとは実在した駅馬車強盗の名前である。ゴングの名鑑には「必殺技:サマーソルトキック」となっているが、本当だろうか? |
| フラッシュ・モンロー FLASH MONROE 閃光怪人 190センチ、125キロ 米・テキサス州サンアントニオ |
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| スプートニク・モンローとコンビ別れしたロケット・モンローがスカウトしてきた2代目モンロー・ブラザーズの弟分。主にジョージア地区で活躍したが、オリジナルのモンロー・ブラザーズほどの活躍は出来なかった。本名をジノ・サニザーロといい、ニューイングランドのプロモータートニー・サントスの息子である。 | |
| フランク・スカルパ FRANK SCARPA 削岩機 183センチ、110キロ 米・マサチューセッツ州ボストン : USヘビー |
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元々はマヌエル・コーテッツのリングネームで活躍していたこともあるベテランレスラー。レスリング・レビュー史のレーティングスにもランキングされたことのある強豪。ジョー・スカルパ(=チーフ・ジェイ・ストロンボー)との血縁関係はないようである。 |
| フランク・ダルトン FRANK DALTON | |
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オリジナル・ダルトン兄弟の片割れ。初代ジャック(=ドン・ファーゴ、日本に来日したジャックとは別人)とのダルトン兄弟で活躍、その後、シングルプレーヤーに転向してガルフコーストで活躍した。本名はジーン・スティーブンス。その後のダルトン兄弟は、フランクの変わりに日本にやってきたジム・ダルトンが加入(この時に有名なペンキマッチを行なった)、さらに初代ジャックのファーゴと日本にやってきた2代目ジャックに入れ替わった。つまり日本にやってきたダルトン兄弟は3代目といえる。 |
| フランク・デリンジャー FRANK DELLINGER 189センチ、124キロ |
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1969年頃シカゴに出現したチェーン・ギャングの弟分。兄貴分のジャックの正体はドン・ファーゴであるが、フランクの正体は不明。おそらくドン・ファーゴがスカウトしてきた新人であろう。彼らのファイト振りは非常に荒っぽく、ザ・ブルーザーやウィルバー・スナイダーといった一流レスラーの手を焼かせたという。2年ほどシカゴを中心に暴れたが、結局仲間割れを起こして解散している。 |
| フランク・ヘスター FRANK HESTER 183センチ、114キロ 米・テネシー州 : テネシー州6人タッグ |
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ボクサー上がりの黒人レスラーで、マスクを被ってペペ・ロペスとのザ・マスクド・ドミノスでテネシーで活躍。素顔では同じくペペ・ロペス、フレッド・バス(サム・バス)とのトリオでテネシー地区の6人タッグ王者にもなっている。1976年7月、バス、ロペスとの移動中に交通事故に遭い即死している。 |
| フランク・マルチネス FRANK MARTINEZ | |
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1970年代初頭にフロリダを中心に活躍していた黒人レスラー。カール・フォン・ストロハイムと「アンタッチャブルズ」なるコンビを組んでいたようである。セントルイスNWAの総本山キール・オーデトリアムの試合にも出場していた。これと言ったタイトル歴はない。 |
| フランク・リパノビッチ FRANK LIPANOVICH 炎の男 1937年ユーゴスラビア:オーストラリア・タッグ |
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1960年代に活躍した選手で、オーストラリア、ニュージーランドやハワイで活躍した。昭和45年の国際プロレス「ダイナマイト・シリーズ」に来日が決定していたが、直前になってキャンセルとなった。アメリカ本土に上陸したことはなかったようである。ブルーノ・ベッカーとのコンビでオーストラリア・タッグを保持していたらしい。 |
| プリンス・マイエバ PRINCE MAIEVA ハワイの怪人 190センチ、104キロ 米・ハワイ |
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本名はネフ・マイエバ。1950年代にアメリカ本土でも活躍した怪奇派レスラーで、その肉体は人間離れしており、板に打ちつけた五寸釘を踏みつけて曲げたり、ビール瓶で頭を殴られても流血しなかったという逸話を持つ。彼の怪奇派エピソードの極めつけは、燃え盛る石炭を手づかみにして、タバコに火をつけたという話であろう。1972年にロサンゼルスにひょっこり姿を現している。 |
| ブル・ベドウ BULL VERDUE 猛牛 180センチ、120キロ スペイン・バシロニ :バックブリーカー :スペイン・ヘビー、アメリカス・ヘビー、アメリカス・タッグ |
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| スペイン出身のラフ・ファイター。1960年代半ばにアメリカに渡りWWWF地区で活躍。サンマルチノにも挑戦し苦しめた。当時はオスカー・ブル・ベドウを名乗り、日本では「スペインの猛牛」とよばれ、力道山死後最初の外人レスラーとして来日が決定していたが、グレート東郷の妨害で来日せずとうとう日本にはその姿をあらわすことはなかった。1970年代にはロスに定着しタイトル戦線を賑わせた。 | |
| ブルー・インファーノス2号(オリジナル) BLUE INFERNOS 2 | |
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ブルー・インファーノスは日本プロレスに来日しているが、そのときは2号はウィリー・ギャレットに変わっていた。こちらの来日前によく使われていた写真の2号はギャレットとは別人。中身は頻繁に入れ替わっていたようで、テリー・ガービン、ジム・ダルトンらがマスクを被っていたといわれている。 |
| ブルー・デモン THE BLUE DEMON 青い悪魔 167センチ、84キロ メキシコ・ヌエボレオン州モンテレィ : NWA世界ウェルター級 |
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ブラック・シャドーの弟と称して'47年にデビュー。ブラック・シャドーとのコンビでエル・サント(当時はルード)、ゴリー・ゲレロらと抗争を展開。1953年にエル・サントから世界ウェルター級選手権を獲得し。その年のMVPとなる。と、同時に映画界にも進出。エル・サントをしのぐヒーローとなった。この後も1990年ごろまで現役を続けた息の長いレスラー。エル・ラユ・デ・ハリスコ、エル・マティマティコのマスクをはいでいる。 |
| ブルー・デモンズ THE BLUE DEMONS 青い死神たち |
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昭和45年に国際プロレスが行った「あなたがプロモーター」という人気投票の4位にランクされたが、レス・ウォルフが替え玉となって登場したいわくつきのレスラーのオリジナル。ジョージアを主戦場とし、J・C・ダイクス、マリオ・ガレントをマネージャーに暴れまくった。一説にはドル・ドロモもマスクを被っていたといわれている。 |
| フレンチ・エンジェル FRENCH ANGEL AWA世界ヘビー(ボストン版) |
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| 20世紀最高の怪奇派といえばこの男。本名はモーリス・ティレといい、ニューヨーク州立大学を卒業後、バッファロー地区の判事を務めていた。あるとき子供殺しの女囚に死刑を言い渡したが、その女囚が電気椅子のうえで「判事のティレにのろいをかけて、ネアンデルタール人のようにしてやる!」と絶叫した。女囚は処刑された直後にハンサムだったティレの髪の毛は抜け、顔もまさに猿人のように醜くなったのである。1957年に試合で足を骨折して引退、姿を消すが、数年後セントレーレンス川でその遺体が発見されたという。 | |
| プロフェッショナルX PROFESSIONAL X 赤い影法師 216センチ、135キロ |
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ゴングに連載されていた「トージョー・ヤマモトと世界の殺し屋」の最終回で紹介されたマスクマンで、身長はなんと216センチもあったという。このプロフェッショナルXが登場したのはホノルルのマットで、ハリー藤原をカウントアウトで下した。本人によれば1970年の夏にジョージ・スチールをマネージャーとしてワシントンでデビュー。控え室でイスを放り上げ、それにめがけて頭突きを炸裂させイスをヘシ折ったというが・・・。 |
| ブロンコ・ルービッチ BRONCO LUBICH 荒馬男爵 183センチ、113キロ |
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荒馬男爵のニックネームで呼ばれたラフ・ファイターで、恐竜 エルド・ボグニと長らくコンビを組んで活躍したレスラーで、ボグニとのコンビではレーティングスの常連だった。解散後はテキサスをサーキットし、引退後はレフェリーとなる。1973年7月20日ヒューストンで、ジャック・ブリスコがハーリー・レイスからNWA世界選手権を奪取した試合も裁いている。俳優の岡田真澄にそっくりの男前。 |