未来日外国人レスラー名鑑 ヒ
| ザ・ビースト THE BEAST 野獣 178センチ、118キロ イタリア・シシリー島 :ベアハッグ :USヘビー(トロント版) |
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| 全日本プロレスに同名のレスラーが来日しているが、あちらはアマリロで活躍した偽者で、こちらがオリジナルのザ・ビースト。全身剛毛に覆われ、毛皮のトランクスに裸足という典型的な原始人キャラで 1960年代南部や東部地区で活躍。ファイト内容はパワーにものを言わせた直線的なもので、ベアハッグや逆エビ固めのような技を得意とした。デビュー当時はイタリア語のラ・ベスチャと名乗っていた。本名はジョン・ガウチョ。 | |
| ザ・ビースト THE BEAST 187センチ、115キロ 米・アリゾナ州タスコン |
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1973年にロサンゼルスに登場したザ・ビーストで、正体は国際プロレスに登場したマイク・ボイエッティである。ラウル・マタあたりとの試合に出場しているが、タイトル戦線には無縁だったようだ。 「来日全外国人レスラー名鑑」のマイク・ボイエッティの項も見よ。 |
| ピーター・ザッカス PETER SZAKACS | |
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ティボール・ザッカスの弟で、ウェルター級のレスラーだったようだ。兄とのタッグでも活躍。経歴などの詳細は不明。 |
| ピート・サンチェス PETE SANCHEZ 流れ星 181センチ、108キロ 米・ニューヨーク州 |
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| 1960〜70年代にWWWF地区で活躍したプエルト・リコ系の中堅レスラー。当時提携していた全日本プロあたりに参加してもおかしくはなかったが、結局は未来日。テレビマッチ要員だった為、これといったタイトル歴はない。ただし海外の熱戦譜などでは良く名前を見ることが出来た。 | |
| ピート・ドハティ PETE DOHERTY 怪人伯爵 186センチ、118キロ 米・ボストン |
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1970年代にWWWF地区で前座要員として試合に出ていたレスラー。主にニューイングランドあたりで試合に出場していたようだ。1978年にはルー・アルバーノのマネージメントで金色尽くめの「ゴールデン・テラー」に変身して小ブレイク。全日本プロレスへの参加も決定していたが、直前のMSG定期戦でマスカラスにマスクをはがされ、来日も中止となった。これが彼のプロレス人生のハイライトであろう。 ゴールデン・テラーの項も見よ。 |
| ピエール・ランバージャック PIERRE LUMBERJACK 192センチ、120キロ カナダ・ケベック州オタワ : WWWF世界タッグ、ケベック州認定タッグ |
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1978年6月にエリック・ランバージャック(スコット・アーウィン)とのユーコン・ランバージャクスでWWWF世界タッグ選手権を獲得したレスラーで、正体は国際プロレスに登場経験のあるバッファロー・ザリノフ。王座は同年11月にトニー・ガレアとラリー・ズビスコに奪われ短命に終わった。 来日全外国人レスラー名鑑のバッファロー・ザリノフの項も見よ。 |
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| ビック・フォークナー VIC FAULKNER | ||
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1960年代にバート・ロイヤルとのザ・ロイヤルズでタッグ戦線をかき回したレスラー。体格的にはウェルター級と小柄ではあるが、ロープ最上段からのドロップキックなどのダイナミックな技を得意とした。国際プロレスが呼んでほしかったタッグチームであった。バート・ロイヤルとはまったく似ていないが、実の兄弟だという。父親のヴィック・ヘッスルもレスラーであった。 | |
| ビッグ・ウィズ THE BIG WHIZ 188センチ、180キロ |
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1978年にインディアナポリスのWWAに出現した巨漢レスラー。ベアハッグが唯一の武器でその後の消息は聞かない。 |
| ビッグ・ダディ THE BIG DADDY 195センチ、158キロ 英・ヨークシャーハリファックス : 英国ヘビー、ヨーロッパ・ヘビー |
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| イギリスでは誰もが知っているという国民的英雄。得意技はフライング・ボディプレスだが、この技で3人のレスラーを死に追いやり、一般新聞よりバッシングを受けた苦い経験も持つ。しかしそれもみ特に子供を中心に人気は根強く、かなり晩年まで現役を続けた。本名はシャーリー・クラブツリー。 | |
| ビッグ・バッド・ジョン BIG BAD JOHN 赤鬼 192センチ、120キロ 米・ジョージア州 : ジョージア・ヘビー |
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| 1960年代後半にジョージアに出現した2代目のビッグ・バッド・ジョン。ドリー・ファンク・ジュニアを血祭りに上げ一躍有名に。長くジョージアで活躍するが、その後オーストラリアでワルドー・フォン・エリック、サムソン・クツワダのマネージャーとして活躍。最後はロス地区で活躍したがその後の経歴は不明。赤いタイツにシャツを着ていたため赤鬼などと呼ばれた。新日本プロレスあたりに来日してもおかしくなかったが結局未来日。本名はウィリアム・グッドマン。 | |
| ビューティフル・ヒッピー BEAUTIFUL HIPPIE 187センチ、115キロ 米・アリゾナ州タスコン : ガルフコースト・ヘビー、ガルフコースト・タッグ、USタッグ |
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国際プロレスに来日経験のあるマイク・ボイエッティの変身。主にルイジアナで活躍し「カリフォルニア・ヒッピー」とも名乗った。このボイエッティは、ザ・ビーストを名乗ったり、ペイントをしたりとかなりの変身マニアである。 来日全外国人レスラー名鑑のマイク・ボイエッティ、未来日外国人レスラー名鑑のザ・ビーストの項も見よ。 |
| ビューティフル・ブルース・スウェイズ BEAUTIFUL BRUCE SWAYZ 176センチ、100キロ カナダ : 北米タッグ(プエルトリコ版) |
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本名はブルース・スウェイズ。カナダ、五大湖地区や大西洋岸で活躍した小兵レスラーで、リップ・ホークのパートナーとして活躍。NWF地区ではマスクを被ってブラック・バロンと名乗ったこともある。プエルトリコではジム・ダルトンとのコンビで北米タッグを獲得している。ホークとのコンビではIWAにも参加しており、ミル・マスカラストのシングル戦がビデオで残っている。IWA解散後はカナダでレジナルド・ラブと新ラブ・ブラザーズとして活躍したようである。 |
| ビューティフル・ボビー BEAUTIFUL BOBBY 190センチ、110キロ オハイオ州シンシナティ |
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| 1971〜72年頃ニューヨークに出現し人気をさらったゲイ・ギミックのレスラーで、リングにはマネージャーのグラン・ウィザードの先導で、ピンクのガウンにピンクのタイツにピンクのマニキュアをいうケバケバシイ姿で登場した。ジミー・バリアントとのタッグでしばらく活躍していたが1,2年で突然姿を消した。当時の雑誌では割と頻繁に紹介されていた。もしかしたら有名レスラーかマスクマンの前身かもしれない。本名はジュリアス・ボビー・ハドソン。 | |
| ヒューマン・ビースト HUMAN BEAST 185センチ、100キロ |
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1968年にフランスに登場した怪奇派レスラー。当時のフランスでは特にテレビ中継で人気を得ていたようで、ゴング誌にも寄稿していた、ミッシェル・ビゼーが「レスリング・レビュー」にレポートを寄せている。写真が不鮮明で分かりにくいが、顔が黒く見えるのは彼が黒人ではなく、奇抜なマスクのためである。ラグビー選手からの転向のようだ。 |
| ビリー・スピアーズ BILLY SPEARS 188センチ、115キロ 米・フロリダ州ジャクソンビル : アラバマ州ヘビー |
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日本にはマイティ・ヤンキーズ1号として来日。アメリカではジョージアを中心とした南部地区で活躍していた悪役レスラーで、凶器攻撃が得意だった。風貌がそっくりのケン・ラッセルとのコンビでも暴れた。本名はビリー・スペアーマン。2004年11月に死亡。 |
| ビリー・ハインツ BILLY HEINS 170センチ、93キロ : 南部タッグ(テネシー版)、USジュニア・ヘビー |
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1960年代末〜1970年代初頭にアラバマやテネシーでジミーとのザ・ハインツ・ボーイズ活躍したレスラー。レスラー転向前はプロボクサーとして鳴らした。非常に小柄でプロモーターのニック・グラスと並んで写っている写真はまるでこどものようである。テネシーにはなぜかこのような小柄な選手が揃った。 |
| ビリー・バルガ BILLY VARGA 伯爵 183センチ、103キロ 米・オハイオ州(カリフォルニア州説もあり) : 世界ジュニア・ヘビー、世界ライト・ヘビー |
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1940〜50年代に太平洋岸で活躍したレスラーで、ハンガリーの旧貴族出身と名乗り、自ら「カウント(伯爵)」と名乗った。得意技はコブラツイストでバルガ・ストレッチと呼ばれた。父のジョー・バルガもレスラーだった。力道山時代に来日の可能性があったと思われるが、ファイトスタイルが合わなかったのか、来日の噂も立たず。 |
| ビリー・ロジャース BILLY RODGERS | |
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1971年にロサンゼルスに登場したレスラー。前座で活躍していたようである。経歴など詳細は不明。 |
| ビル・ダンディ BILL DUNDEE 178センチ、115キロ 1952年テネシー州メンフィス : CWA世界ヘビー、AWA世界タッグ、インターナショナル・ヘビー(テネシー版)、AWA南部・ヘビー |
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地元のテネシーではジェリー・ローラーとともにヒーロー的存在だった選手でほとんどテネシーから出たことはなかった。大学卒業後にプロモーターのジェリー・ジャレット、ニック・グラスにスカウトされてプロレス入り。エリビス・プレスリーばりのリングコスチュームで人気を博した。ジェリー・ローラーとは犬猿の中で長年抗争を続けたが、一時的に和解してコンビを結成しAWA世界タッグを獲得したこともある。極度の遠征嫌いで昭和時代には未来日に終わったが平成4年に来日ベテランらしい味のあるファイトを見せた。 |