未来日外国人レスラー名鑑 ア、イ、ウ

 

 

アクラム・ペールワン AKRAM PEHLWAN
パキスタンの帝王 178センチ、120キロ 1929年パキスタン

1976年12月12日、カラチのナショナルスタジアムで猪木と対戦したことで知られるパキスタンの英雄。パキスタンで由緒のあるボロ6兄弟の5男で、猪木と対戦した時点で47歳であった。若い頃の写真を見ると素晴らしい肉体を誇っていたが、猪木と対戦した際には腹が出ており肉体的なピークはすぎていたようである。猪木との試合では猪木のアームロックにギブアップせず左肩を脱臼させられるという悲惨な結果に終わり、数年後自殺したといわれている。

 

ジ・アサシン THE ASSASIN
暗殺仮面 185センチ、108キロ 1945年米 ・カリフォルニア州

1980年8月8日にオリンピック・オーデトリアムでロン・スターとのコンビで坂口、長州の北米タッグに挑戦したマスクマンだが、日本組に狙い撃ちにされて完敗を喫している。普段はジョン・トロスやロン・スターのマネージャーも兼任していたようだ。正体はジョニー・マンテルだといわれているが・・・。

 

アストロ・レイ ASTORO REY
惑星仮面 178センチ、100キロ 1950年メキシコシティ :ナショナル・ライトヘビー

1975年にデビューした当時はリンピオ(ベビーフェイス)だったが、1978年ごろからルード(ヒール)に転向。同期のドス・カラス打倒に執念を燃やし、1979年4月にドス・カラスを倒してナショナル・ライト・ヘビー級王座を獲得するが、翌週にマスカラ・コントラ・マスカラでドスに敗れマスクをはがされた。その後、カオスとしてマスクを被り再出発するが、1995年にショッカーに敗れて再びマスクを脱いだ。カオスとして平成3年以来日。

 

アドラブレ・ルビ ADRABLE RUBI
ばら色の剣闘士 170センチ、96キロ 1943年メキシコシティ :ナショナル・ミドル、NWA世界ライトヘビー

本名はルーベン・ルバルカバ・ロペス。1966年にプロレス入りしその年の最優秀新人賞を獲得。ピンクの衣装に身を包んだスタイルでリングに登場。メキシコにおけるおかまギミックの元祖だといわれている。その見てくれとは逆に実力は相当なもので、1976年のNWA世界ライトヘビー級選手権をはじめ、多くのタイトルを獲得した経験を持つ。しかし日本のマットとは縁のないままに終わる。

 

アブドーラ・ザ・グレート ABDULLAH THE GREAT
呪術師二世 190センチ、130キロ

1982年の夏にインディアナポリスのWWAに登場した。黒人レスラー。その風貌、コスチュームもアブドーラ・ザ・ブッチャーそっくり。その後の活躍は聞かないので、すぐに引退したのか? それとも別のギミックに変身したのか・・・なぞのレスラーである。

 

アブドーラ・ザター ABDULLAH ZATER 

1976年にカルガリーに出現したアラビアン・ギミックのレスラーで、試合前のお祈りやコスチュームなどザ・シークをまんまコピーしたレスラー。フィニッシュもキャメルクラッチであった。

 

アブドル・カーン ABDUL KAHN

1960〜70年代にヨーロッパで活躍していたレスラーで、写真を見る限りではモンゴル人と中国人をごちゃ混ぜにしたようなギミックだ。西洋人であることは間違いなかろう。体型はトーア・カマタのようなアンコ型。

 

アメリカ・エル・サルバヘ AMERICA EL SALVAJE
大陸仮面 178センチ、87キロ メキシコ

1977年にデビューしたレスラーで、プロレス転向前はサッカー選手として活躍した。サッカー時代に鍛えた脚で繰り出すキックが得意で、脚に5万ペソの保険をかけていたという。デビューした年の暮れにはUWA世界ジュニア・ライト・へビー級王座決定トーナメントで決勝まで進んだ。1981年にウルトラマンにマスクをはがされた。

 

アルベルト・ムニョス ALBERTO MUNOS
西部の貴公子 168センチ、85キロ 1943年メキシコ・ハリスコ州 : ナショナル・ミドル、NWA世界ウェルター

1971年にデル・ガーディ(デーブ・モーガン)からNWA世界ライト・ヘビー級選手権を獲得したと日本では報じられていたが、王座の系譜にはなく、誤報の可能性もあり。1965年にナショナル・ライト級、1966年にナショナル・ウェルター級、1968年にナショナル・ミドル級王座を獲得して3階級制覇。1971年にはカーロフ・ラガルデからNWA世界ウェルター級王座を獲得している。1978年にはブラックマンのパートナー、ホワイトマンに変身したが1982年に引退した。アルフォンソ・ダンテスとは義兄弟。本名はイスマイル・ムニョス・ロペス。

ホワイトマンの項も見よ。

 

アンディ・ロビン ANDY ROBINS
人間機関車 178センチ、99キロ イギリス

丸太投げの名人からプロレス入り。腕力の強さはずば抜け、ベアハッグが一八番。欧州時代のカール・ゴッチと45分フルタイム闘った記録も持つという。現在はイギリスでレスリングベアーとのショーでイギリス全国を巡業。「ムツゴロウさんと愉快な仲間たち」でも紹介されていた。国際プロレスやノーテレビ時代の新日本プロレスあたりに登場してもおかしくない選手だった。

 

イワン・プトスキー IVAN PUTSKY
岩石男 175センチ、110キロ ポーランド・ボスナン : WWWFタッグ

1970年頃にテキサスにイゴール・ボディックのコピー・ギミックのマイティ・イゴールとして登場。1973年頃、本家のイゴール・ボディックが抜けたAWAにイワン・プトスキーと名乗って転戦。ここで、ビリー・グラハムとの抗争で名を挙げた。日本ではこのプトスキーの方が初代として通っているが、実際はリック・フェララ転ずるプトスキーの方がオリジナルで、このプトスキーは2代目のようだ。1975年にはWWWFに移籍。サンマルチノの欠場中はエースとして活躍。1980年代に入ると肉体改造を行ない、ムキムキのマッチョマンに変身した。長年来日が待望され、第1回MSGタッグシリーズに来日が決定したこともあるが、直前でキャンセルしている。本名 ジョセフ・ベドナルスキー。

 

インカ・ウィラコーチャ INCA WIRACOCHA

1960年代末にフランスを中心としたヨーロッパに登場した選手で。ブロマイドにはペルー・チャンピオンと書かれている。アンヘロ・ブランコによく似ているが、別人であることは間違いない。

 

インベーダーズ THE INVADERS
侵略仮面 世界タッグ(サンフランシスコ版)

インベーダーを名乗るマスクマンは多いが、これは1975年にサンフランシスコに出現し世界タッグを獲得したコンビ。正体はロッキー・モンテロ(日本プロレスに来日)とカール・フォン・ブラウナー(未来日)だといわれている。

来日全外国人レスラーのロッキー・モンテロ、未来日外国人レスラー名鑑のカール・フォン・ブラウナーの項も見よ。

 

ウッディ・ストロード WOODY STRODE
190センチ、109キロ 1919年 米・カリフォルニア州

ノースカロライナあたりでリングに上がっていたレスラーだが、プロレスラーとしてより映画俳優として有名。「リバティ・バランスを撃った男」「コットンクラブ」のような大作に多数出演しており、1960年には「スパルタカス」でゴールデングローブ賞の助演男優賞候補にノミネートされている。1994年に肺がんの為に死亡。