未来日外国人レスラー名鑑 カ
カール・フォン・ブロック → ロック・ハンターを見よ
カール・フォン・クレイマー KARL VON KRAMER |
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1950〜70年代にフランスやイギリスで活躍したレスラーで、名前から察するにドイツ系のようである。写真を見る限りはかなりの老齢である。ジャック・ランドなるリングネームではブライアン・グローバーというレスラーとコンビを組んでいたようである。 |
カール・フォン・ブラウナー KARL VON BRAUNER |
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ソウル・ワインゲロフにマネージメントされ、最初にナチ・ギミックをプロレス界に持ち込んだ第一人者といわれている。「兄弟」のクルトとのコンビで活躍したが、クルトが引退したあとはクルト・フォン・ストロハイムをクルト・フォン・ブラウナーに改名させて、新ブラウナー兄弟として活躍した。晩年は太平洋岸で活躍しインベーダーズ、インフェルノス1号などマスクマンに変身することが多かった。なぜか日本には縁がなかった。 |
カウボーイ・カールソン COWBOY CARLSON |
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1950年代に活躍した選手で、ジョージア、テキサスなど南部で暴れていた。テキサスではテキサス・ジュニア・ヘビー級王座も獲得している。1963年に一度引退し、モンタナ州で牧場を経営していたが、1971年になって現役に復帰したが、たいした活躍は出来なかった様だ。1996年に死亡。本名はオービル・リー・カールソン。 |
カウント・バーテリー
COUNT
BARTELLI |
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アマレスをへてプロレス入り。元々はマスクマンだったようだがケンドーナガサキに敗れて素顔に。スープレックスではヨーロッパ一の腕前だったといわれている。1969年当時ビル・ロビンソンをのぞけばイギリスで最強と呼ばれたといわれている。 |
カオス KAOS |
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1982年ごろに「最後の怪奇派」として日本にも紹介されたメキシコのマスクマンで、この世を去った名レスラーを自分の体に乗り移らせて戦うというギミックで人気を呼んだ。普段は古びた協会に住んでいたというから、怪奇派としてのムードは満点であった。平成3年にWINGに来日した。本名はアルベルト・エルナンデス。 |
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カベルナリオ・ガレント CAVERNARIO GALINDO |
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1960年代中盤にテキサスの怪奇派好きで知られるプロモーター モーリス・P・シゲールがザ・ケーブマンとして売り出したことでも知られるレスラーで、カベナリオ・ガレントとは「洞窟の獣人」という意味。人間の言葉を理解せず、控え室では鎖に繋がれ、リングに登場するとゴングの音に反応して戦闘体勢に入るといわれた。メキシコに帰ってからは脳腫瘍が発見され、あと寿命が5年との告知を受け、さらに狂暴になったという。 |
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ガラガー兄弟 DOC&MIKE GALLAGHERS |
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1950年代にミネアポリス、オハイオあたりで活躍したタッグコンビ。ドク(写真左)とマイク(写真右)の兄弟(ビジネス上のものと思われる)で、日本では東京12チャンネルの「プロレス・アワー」にレギュラーのように登場し、彼らに強烈な印象を持っているファンは多い。しかし彼らの経歴などに関する情報は非常に少ない。日本にはほとんど情報が入ってこなかったが、そのタッグ戦術は衝撃的だったという。(情報提供:JUMBO AOKI氏、そらきち氏) |
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1976年ごろにロスに登場したレスラーで、ラウル・マタの実弟。兄とのコンビでアメリカス・タッグを獲得。1978年6月9日には藤波辰巳が保持していたWWWFジュニア・ヘビー級選手権に挑戦して大善戦したが、オーバー・ザ・トップ・ロープで反則負けとなった。1982年代ごろまでロスで活躍したが、未来日のまま終わった。 |
カルロス・ローチャ CARLOS ROCHA |
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1977年にカナダに登場したレスラーで、ポルトガル選手権者を自称しそのベルトを巻いていた。写真からもわかるようにかなりのベテランで、老獪なファイトでカルガリー地区のレスラーを翻弄したという。1977年の春にはWWWF王者のスーパースター・ビリー・グラハムにも挑戦している。(情報提供:クライベイビー氏) |