未来日外国人レスラー名鑑 

 

 

ゴージャス・ジョージ GEORGEOUS GEORGE
178センチ、97キロ 1915年米・ネブラスカ州 : AWA世界ヘビー(ボストン版)、ジョージア・ヘビー
テレビ時代を迎えた1940〜50年代にアメリカで絶大な人気を誇ったショーマン派レスラー。彼の登場はアメリカテレビ史100大ニュースの45位にランクされている。香水を振りまいたり、ヘアピンを外して客席に投げ入れたり、時間をかけてコスチューム脱いだりといったゲイギミックの元祖といわれている。インターバル中には「フロリダの空気」とかかれた装置から酸素補給をするというパフォーマンスも。体格的にはジュニア・ヘビー級で、決して鍛え上げたからだとはいえない。1960年代に入ると落ち目になって酒びたりの日々を送り、ザ・デストロイヤーとのデスマッチにやべれ丸坊主になった後、1963年に死亡した。日本では多くのプロレス解説本が発売されているが、ゴージャス・ジョージに関する記述は驚くほど少ない。やはりゲテモノという評価だったためなのであろうか?本名はジョージ・ワグナー。

 

ゴージャス・ジョージ・マーフィー GEORGEOUS GEORGE MURPHY
「ゴージャス・ジョージへのオーストラリアの答え」なるキャッチフレーズで売り出されたレスラーで、ゴージャス・ジョージをまねたゲイ・ギミックのレスラー。体格的にはジュニアヘビー級で、日本にもやってきたジャン・ジャンセンらとライバル関係にあったようだ。日本にはお呼びがかからず。

 

ゴールデン・シャドー GOLDEN SHADOW
178センチ、120キロ
1972年にテネシーに出現したマスクマンで、なぜかナッシュビルの試合にしか出場しなかったという。トージョー・ヤマモトのレポートでは「出場停止になったレスラーの変身では?」と推測しているが・・・。

 

ゴールデン・テラー GOLDEN TERROR
黄金の恐怖 185センチ、120キロ
1977年ごろにWWWFエリアに登場したマスクマンで、ルー・アルバーノをマネージャーに売り出す。昭和53年4月の全日本プロレス「エキサイト・シリーズ」に参加が発表されたが、結局は来日せず。これは来日直前のMSG定期戦でミル・マスカラスとのマスク剥ぎマッチが組まれ、マスカラスに完敗を喫しマスクをはが得た為である。正体はWWWFエリアの前座で活躍していたピート・ドハティであった。

ピート・ドハティの項も見よ。

 

ゴガ・バナ GOGA BAHNA
パキスタンの有名なボロ6兄弟の末弟で、1971年の新日本プロレスのパキスタン遠征における猪木VSアクラム戦の前座で永源遥と対戦、4ラウンドでフォール勝ちを収めた。試合前には脱臼癖のあるアクラムに変わってゴガが猪木との対戦を申し出たという。

 

ココ・ワレ KOKO WARE
黒い鳥人 175センチ、115キロ 1957年9月20日米・ケンタッキー州レキシントン : サザン・タッグ、ユニファイド・ヘビー
実際の発音はココ・ウェアだが昭和時代はローマ字読みのココ・ワレで紹介されていた。少年時代から大のプロレスファンで、ソニー・キングの反則が許せずプロモーターのジェリー・ジャレットに懇願して1973年にプロレスラーになったという熱血漢。テネシーではスウィート・ブラウン・シュガーとも名乗り、ノーベル・オースチンとPYTエキスプレスを結成しサザン・タッグを獲得した。1986年からWWFに登場し鳥と話せるというバーズマンというギミックで肩にオウムを乗せて登場。これが受けて一躍人気者に。その後はオーエン・ハートとハイ・エナジーを結成しタッグで活躍。1992年に脱退してからは再びテネシーに戻り活動を続けた。

 

コブラ・カーン COBRA KAHN
毒蛇坊主 170センチ、120キロ
ジョージアで暴れていた選手で、エル・モンゴルに似ているが別人だという。見た目とは違って動きは機敏で、ドロップキックや回転エビ固めを器用に使ったようだ。

 

ゴリー・ゲレロ GORY GUERRERO
172センチ、91キロ 1921年米・アリゾナ州ケアネリー(1936年メキシコ出身説もあり) : NWA世界ライト・ヘビー級、同世界ミドル級、同世界ウェルター級
ゲレロ・ファミリーの重鎮で、現役時代は長くNWA世界ライト・ヘビー級選手権を保持、ミドル級、ウェルター級も獲得し3階級を制覇した大レスラーで、ゴリー・スペシャルの開発者としても有名。。息子のチャボ、マンドー、ヘクター、エディも名レスラーに育て上げた。一説にはカール・ゴッチの師事を仰いだことがあるとも言われている。しかしあまりにも身体が小さかった為、来日のチャンスはないままに終わった。引退後はテキサス州エルパソのプロモーターとして手腕を振るった。1990年4月に心臓発作で逝去。

 

ゴリリタ・フローレス GORILLITA FLORES
空飛ぶゴリラ 180センチ、202キロ
本名はゴンザノ・フローレスで、フランシスコ・フローレスの兄。10歳で人食い鮫を退治して怪童と呼ばれる。漁師をしていたが噂を聞いたプロモーターにスカウトされてプロレス入り。巨体ながら身軽で、トップロープからのフライング・ボディ・アタックも得意とした。一度は来日してほしかった選手である。

 

コング・ハルド CON GUA JARDO
植木屋仮面 182センチ、125キロ
1971年頃のゴングのメキシコ情報によく登場したマスクマン。なぜか「植木屋仮面」と呼ばれていた。ソリタリオとマスカラスが来日する直前の対談で、ソリタリオが「馬場というのはコング・ハルドよりもでかいのか?」とマスカラスに聞くくだりがあるので、メキシコ国内ではかなりの大型だっだったと思われる。

 

金剛山 KONGO-ZAN
ハワイで活躍していた選手で、ハワイ相撲の横綱の転進だといわれている。一説にはプロフェッサー・タナカが正体とも言われたが写真を見る限りでは別人のようである。日系2世なのか、ハワイの原住民なのかは微妙なところ。