未来日外国人レスラー名鑑 ク、ケ

 

 

クラッシャー・コックス CRUSHER COX
1972年にロサンゼルスの登場したレスラーで、「金網デスマッチの神様」を自称していたという。出身地など、詳細は不明。

 

ザ・グラップラー THE GRAPPLER
●戦闘仮面 ●185センチ、108キロ
●1928年 米 ・ノースカロライナ州チャールストン出身(ハワイ出身説もあり)
1971年代ごろにフロリダに登場したマスクマンで、正体は後のミスター・レスリング2号のジョニー・ウォーカーだといわれている。当時は専門誌でも割と大きく取り上げられ、昭和47年の「新春チャンピオン・シリーズ」に参加が決定していたが、直前にキャンセルとなっている。

来日全外国人レスラー名鑑のジョニー・ウォーカーの項も見よ

 

クリス・コルト CHRIS COLT
●亡霊男 ●179センチ、108キロ
●米・オレゴン州ポートランド出身
●NWA世界タッグ(デトロイト版)、WWA世界タッグ、テキサス・タッグ、ウエスタンステート・タッグ(アリゾナ版)、ミシシッピ・ヘビー、ミッドアメリカ・ヘビー、カナディアン・タッグ(バンクーバー版)
本名はチャールズ・ハリス。ポール・デュプレのリングネームでエミール・デュプレとのヘルス・エンジェルスとして活躍した選手。ヘルス・エンジェルス解散後はジム・デリンジャーを名乗ってジャック・デリンジャー(ドン・ファーゴ)と2代目チェーン・ギャングを結成。ファーゴが抜けてからはロン・デュプレとのコンビでヘルス・エンジェルスを再結成した。チーム解散後にクリス・コルトに改名してシングル・プレーヤーとして活躍。昭和48年2月全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ集結戦」に来日が発表されたが、結局は参加せずに終わる。1976年ごろには五大湖地区で当時としては珍しいペイント・レスラーに変身した。

ポール・デュプレの項も見よ。

 

クルト・フォン・ブラウナー KURT VON BRAUNER
●184センチ、110キロ
●1921年 米・フロリダ州出身 2004年6月4日没
●NWA世界タッグ(テネシー版)
本名はジャック・ウィルソン。ソウル・ワインゲロフのマネージメントで、1954年に弟(?)のカールとのコンビでメンフィスにおいてデビューしたナチギミックの元祖とも言われる選手。1965年にはカールとのコンビは解消したようである(クルト・フォン・ストロハイムが2代目クルト・フォン・ブラウナーとなる)。ハンス・フォン・シュップ、マスクト・マーベルと名乗った。日本へはミスター・ゼロとして来日していたことが死亡記事の遺族の証言から判明している。2004年6月に82歳で逝去している。

 

グレージーレッグ・ホース → アル・トムコの項を見よ

 

ザ・グレート・カブキ THE GREAT KABOOKI
●1924年4月25日 米・カリフォルニア州出身 2006年10月26日没
●南部ジュニアヘビー(テネシー版)、NWA世界タッグ(テネシー版)
1973年に五大湖地区、1974年にロスに登場したオリジナルのグレート・カブキ。五大湖地区ではマネージャーにジェス・オルテガ(オルテガサン)とともにリングに登場した。試合振りは反則一辺倒で、勝利を収めると「バンザーイ」と叫んでファンの憎悪を買ったという。正体はフィリピン系のレイ・アーバノ。カブキ以前にはトーキョー・トム、タロー・サクローなどのギミックで全米で活躍していた。

タロー・サクローの項も見よ。

 

グレート・ワズキ THE GREAT WAZUKI
●怒れるワズキ戦士 ●210センチ、120キロ
●コンゴ出身
1960年代前半にヨーロッパに出現した大型レスラーで、コンゴのワズキ族の出身。鍛え上げられた素晴らしい筋肉を誇っているが、レスラーとしては細身過ぎたようである。これと言った活躍は聞かれなかった。国際プロレスが呼んでモンスター・ロスモフとコンビを組ませれば面白かっただろうが、国際プロレスが出来た頃にはプロレス界から身を引いていたのかもしれない。

 

ザ・クロー THE CRAW
1970年にオマハに出現した怪覆面。右手にはめたブラックジャックで相手を打ちのめし流血に追い込むという荒っぽい反則で暴れまわった。その後はテネシーに定着し、トージョー・ヤマモトあたりと抗争を繰り広げ、日本のプロレス雑誌にも紹介されたが、来日外人のリストに載ることはなかった。正体は不明。

 

クロンダイク・ジェイク KRONDIKE JAKE
●185センチ、190キロ
昭和48年に国際プロレスに登場したイギリス版クロンダイク・ビルの弟を名乗って、コンビを結成していたレスラー。本当の兄弟だったかどうかは不明である。

 

クン・フー KUNG FU
1975年にニュージーランドに出現したマスクマン。目や口の部分にもメッシュがはってあり表情は伺えないが、アジア系ではなく白人だったという。月刊プロレスで写真が紹介されただけで、ほとんどニュースは伝わってこなかった。

 

ゲーリー・ヤング GARY YOUNG
熱風の怪男児 186センチ、110キロ
米・テキサス州ダラス出身
●ウエスタンステーツ・タッグ、アメリカン・タッグ、CWAタッグ、テキサス・ヘビー
フリッツ・フォン・エリックに頼み込んで1978年にプロレス入り。テキサス一帯やテネシーなどを転戦、アメリカ版のUWFにも参加したが、トップには立てず。ゴングの1987年版オールスター・カタログでは「落ちこぼれ人間」呼ばわりされている。ゆえに来日の噂も立たなかったが、80年代後半に入りようやく芽が出てローカルタイトルを獲得するようになった。

 

ゲーリー・ロイヤル GARY ROYAL
178センチ、99キロ
米・ノースカロライナ州出身
●セントラルステーツTV、NWA世界ジュニアヘビー、ミッドアトランティック・ジュニアヘビー
1975年にアンジェロ・ポッフォのICWでデビュー。リップ・ロジャースとのコンビで売り出す。その後は低迷を続けたが、1985年3月にマーティ・ジャネッティを破ってセントラルステーツTV王座を獲得。同年8月にはデニス・ブラウンからNWA世界ジュニア・ヘビー級王座を獲得したが、来日の噂すら立たず。

 

ケン・ウエイン KEN WAYNE
●AWA南部タッグ、サウスイースタン・タッグ、USジュニアヘビー(サウスイースタン版)、
バディ・ウェインの息子。写真を見ても判るようにケン・ウェイン・シャムロックとは全くの別人。1980年ごろにテネシーに登場したレスラーで、同地区に多い小悪党的な選手。1981年にはロスに転戦し、6月12日に藤波辰巳の保持するWWFジュニア・ヘビー級選手権に挑戦する抜擢を受けたが、キャリア不足がもろに出て軽く一蹴された。

 

ケン・ラッセル KEN RUSSEL
●182センチ、111キロ ●米・フロリダ州ペンサコーラ出身
ジョージアを中心とした南部地区でビリー・スピアーズとのコンビで活躍したレスラー。元々はガルフ・コースト地区でケン・デリンジャーを名乗り、革ジャンにジーンズというバイカー・ギミックでカウボーイ・パーカーとの「ザ・アウトローズ」で活躍していた。来日の噂は立たず。同名の映画監督とはもちろん別人である。

 

ケン・ルーカス KEN LUCAS
●原爆王子 ●182センチ、113キロ
●米・フロリダ州ペンサコーラ出身
●アラバマ・ヘビー、AWA南部タッグ、ガルフコースト・ヘビー
1960年代にはガルフ・コーストで、1970年代以降はテネシーで根強い人気を誇った選手で、同地区に多い典型的な小型テクニシャン・タイプのレスラー。1980年にはビル・ロビンソンとのコンビでAWA南部タッグも獲得している。必殺技はアトミック・ボムズ・アウェイ。不思議と来日の噂は立たなかったが、崩壊していなければテネシーとルートを確立していた国際プロレスが呼んでいたと思われる。