ペッパー・マーチンのチキン・ウィング・フェース・ロック

2003.12.30update

これが日本初公開のチキンウィング・フェイス・ロック!

 

 UWFがポピュラー化させたチキン・ウィング・フェイス・ロックであるが、一時期はサブミッション・ホールドの代名詞とまで言われたこの技を日本で公開したのは、昭和41年に来日したペッパー・マーティンである。彼は太平洋岸北西部(PNW)地区で活躍していた中堅レスラーで、チキンウィングを「マーティン・スペシャル」と命名し、この技をフィニッシュとしていたのである。

 この技を日本で公開したのが、サブミッションの鬼である、カール・ゴッチでもなければ、ヘビの穴出身の欧州勢でもなかったというのが、なんとも味わい深い。アメリカン・プロレス=ショーマン・プロレスという間違ったイメージを抱いている若いファンは非常に多いと思うが、アメリカにも「さりげなく」このような拷問技を使っていたレスラーは数多くいたのである。基礎があってのショーマン・シップと、はじめからのショーマンとでは、その奥深さが違うということを分かっていただきたい。

 

 
初来日記者会見でのガニア   この技を定着させたタイガーマスク

 

 筆者が所有しているこの技の最も古いカラー画像は前出のガニアの初来日時記者会見でのショットである。記者団の「スリーパーホールドをお願いします。」との注文にガニアが田中忠治を相手に披露したのはいわゆる裸締めではなく、チキンウィングであった。アメリカでは日本のように技の呼称にこだわることはほとんどないようで、ガニアは「あの技もスリーパーと呼ぶんだよ。」と後に説明している。

 しかし、なんと言ってもこの技を日本のファンにフィニッシュホールドとして印象つけたのはスーパータイガーをはじめとするUWF軍団であることは異論のないところだろう。UWF以前にはボブ・バックランドがWWF王者時代にあのMSGでバディ・ローズを相手にこの技を出していた。あまりにも地味なフィニッシュなので、当時のファンは非常に驚いたものである。彼が復帰後もチキンウィングをフィニッシュとしていたことは記憶に新しい。